EGGの夢②アカデミック ボードゲーム

ボードゲームを遊ぶってなると、プレイするばかりになってしまいがちです。もちろんプレイするときには勝つことや盛り上がることを考えていますので、現時点でもアカデミックになっているとは思います。

でも、もう1歩促進しても良いのではないでしょうか?

ボードゲームに学びは必要か?

不要

です。

って、冒頭と矛盾しているんじゃないか~い!!!

絶対に必要かって聞かれれば不要だと思うし、それを主目的にしたらボードゲームの気軽さがなくなると思うんですよね。

例えば、アルゴっていうゲームがあります。僕はアルゴ自体は好きなんですが、それのキャッチコピーが「頭が良くなるゲーム」っていうのは、

大っ嫌いです!

僕は勉強は嫌いです。なぜゲームをしているときまで勉強しなくちゃいけないのか、遊んでいるときくらい気軽に遊ばせてよってことです。

また勉強を目的にすると勉強のためにゲームバランスやストーリーを破断させているものも見かけます。こうなってしまうとゲームを使った意味が本末転倒です。

だから勉強が目的になってはいけないのです。

一人で発見するのは難しい

ただ気軽に遊んでいるだけならそれでいいですが、そこに「勝ちたい」や「盛り上げたい」が入ってくると大変です。もちろん自分で一生懸命考えますが、中々思い通りにいきません。

そこに助け舟があってもいいでしょう。

そもそも、今、自分ができることのほとんどの事は誰から教えてもらったことでしょう。なぜボードゲームだけ一から十まで自分で考えなければいけないのでしょうか?

考えるのは面倒くさいです!

学びには先がある

「自分で発見した方が良い」という批判もあります。昔っからやっているボードゲームプレイヤーに多いです。

しかし、自分で発見すると時間がかかりますから、経験者と初心者では経験者が強くなります。ともすれば、経験者が「自分で発見した方が良い」=「自分が強いままでいたい」と取られても仕方ありません。そしてこの弊害により、昔は経験者にボコボコにされ辞める人も多かったです。

学んだらそこで終わりではありません。

学んだからすぐにできるかっていうとそういうわけではありません。やはり同じように再現するには時間がかかります。しかし再現をする過程で、より高度な位置で考えられますので上達のスピードや効果は高くなります。

そして、学んで、できるようになれば、その先にはその人の考えや個性にあったプレイングを行えます。そうなったあとは「自分で発見し放題」です。

欲すれば、まず与えよ

だからと言って学びの強制はダメです。気軽に遊びたい人も自分で発見したい人もいます。

大事な事は、その人が欲したときに与えられるかってことです。

ルール説明をする、説明の時にヒントや答えを散りばめる、プレイ中もヒントや答えをしゃべる、教えてほしいに対しては利害なしで答える

EGGの仕掛け

EGGではこういったことを解決するために色々な仕掛けを用意しています。

・説明はわかりやすく、パワーポイントで

・説明中にヒントや答えも話す

・「マスターに聞く」カード・・・ゲーム中にこのカードを使うと、マスターが状況に合わせたプレイングを教えます。

等々

EGGは挑戦していきます。

今回はその第一弾!

香椎宮ボードゲーム会です。

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